目当ての点灯式まで時間があったので、メインストリートにあった博物館に行ってみた。
The National Museum of the Pacific War
カメラのフラッシュを使ってはいけない表示があったので、フラッシュを消して気になるものだけ記録した
FleetAdmiralNimitz11
チェスター・ウィリアム・ニミッツの出身地がFredericksburgだったことから、この町に博物館が作られたらしい。

ここには、ニミッツ氏の財産を保管してあったり、第二次世界大戦中の太平洋戦争に関わる情報や品物が展示・保管してあるほか、日本のmilitary leadersからアメリカ国民に送られたという 日本庭園(平和庭園・Japanese garden of peace)が公開されていて中々面白い博物館だった。

ニミッツ元帥は日本軍の東郷平八郎を尊敬していたそうで、東郷(Admiral=提督?)の乗船していた戦艦三笠の復元のために本を著し、売り上げを寄付したらしい。
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ここにはニミッツの手形の絵があり、自由に自分の手を合わせることができるみたい。
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薬指が無いのは、彼がカリフォルニア大学・バークレー校でNavy's rotc(海軍予備士官訓練隊)創設に携わった頃、ディーゼルエンジンに指を巻き込まれ切断してしまった為らしい・・・

ちょっと一休み・・・

博物館の中には休める場所があって
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完全に冬の空気なんだけど、温暖な気候であるためか秋の景色と、クリスマスの飾り付けで
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華やかな感じがするな・・・でも今日は一人で来てないから!(`・∀・´)

この広場みたいな所を先に進むと
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多分、戦艦のモーターを模した美術品らしきもの。
敷地の一番奥に鎮座していて、周りの景色からは浮いているんだけど、かっこいい。。
何でかっこよく見えるか、ボーっとして考えてたけど、たぶん物と物の間の距離が丁度いいんだろうな。

この広場の散策を進めると先に話題に触れた日本庭園が。
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1976年に庭園を寄贈した当時の日本のmilitary leadersって誰だったんだろう?(→後で調べました。元海軍中将・保科善四郎氏を中心とした日米協力委員会の人達)
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ここは、枯山水なのか??紹介のHPには、水・石・草木のベーシックな3つの要素で構成される・・・とあったのだけどこの日は水のようなものは見かけ無かったな~。

ここの庭園内に設けられた茶室からは
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ゆっくりと庭園を眺めることが出来そう。
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テキサスから東京まで6060マイル(ということは、家から東京までは6148マイル?)
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散策を続けるとWWⅡで使われた兵器が、野ざらしにして展示してあるのを見つけた(=_=;
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US75mm M2A2 大砲
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1939年に米軍が使用を始めたもの。M1897の後釜。
軽くて、発射が早く、打撃が大きいので、現代的な大砲だったけど、大砲の弾がフラットな軌道で飛ぶためにその有用性が制限された、らしい。
この大砲は105㎜榴弾砲(りゅうだんほう)と一緒にWW2の初期から使われていて、数機が太平洋戦争に投入されたが、初めの半年間はこの大砲で戦争を戦ったそう。

British 25-Pounder大砲 解説はこちら
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大砲って思っていたより薄い金属板で出来ていたことは意外だったな~。
イメージではガンタンクみたいな形の大砲だと思っていた。。。

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更に散歩を進めると大戦に関わった大統領の記念碑が立てられてた。
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ルーズベルトから、ブッシュ父まで。

さらに散歩を進めるとブッシュ父の名前を冠した施設があって、ここはこの博物館の中でも最も面白い建物だった。
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施設の入口にあったお土産屋さんには日本のお人形があったりして、日本関連の情報が多いのかも?
そして
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潜水艦も展示されてた
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こんな狭い所に何人も入ってた?と思うくらいの大きさだったけど、上の写真と見比べると、大体同じくらいの大きさかも知れない。

ニミッツが尊敬していたという東郷平八郎の写真の隣には
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東郷が世界的に有名になった日本海海戦(丁字戦法)の解説があった
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Vickers machine gun MK-1
1912年に英国軍が最初に導入した水冷式重機関銃で、ベルトの部分は250発の弾を装備できる→250連発
2つの世界大戦でイギリス軍基地に配備されてたそう。(詳しくはこちら

大きすぎで全部入りきらないB-25
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ドーリットル空襲で利用された爆撃機
これが東京、横須賀、名古屋、三重等に来たのか。。。実物を見るのは初めてだな。ここの展示会場の説明ボードにはルーズベルト大統領が日本本土攻撃を希望したと書いてあった

ちょっとショックを受けた写真
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どう見ても若い日本人。。。

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これ、何だったかな・・・HPのフォトギャラリーに出るくらいだから有名なんだと思うけどメモに記録するの忘れてしまった。B-17に似ているかなあ?

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日本軍が使っていた大砲

じっくりと読んでしまった、新年のご挨拶。
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展示の紹介文には「“新年あけましておめでとう”と書かれた手紙」としか説明されてなかった・・・

日本の速射砲 詳しくはこちら
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武器の紹介が殆どになってしまった。。
ここには米戦艦の精巧な模型もいくつも置いてあって、軍事マニアではないけど面白いなと思う。

南京の紹介については、映像を交えて、かなり中国寄りの説明をされていた記憶がある。

うっかり記録するのを忘れてしまったけど、東郷平八郎の直筆掛け軸のようなものがあった
「皇国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ」という言葉で、力強い筆で漢字で書かれたもの。
でも記録しなくて正解だったかも。実物の印象がとても強かったので、実物を見た方が良さそう。

事前に少し勉強してきたんだけど、博物館にいっても新鮮な感じがして、今は写真を整理しながらおさらいしているけど、20世紀前半は色々な事がありすぎで、出口が無い穴に嵌ってしまいそう。。。

*長くなるので詳細な説明についてはWikiのリンクを貼りました

Comments

    • pm-3's comment
    • 28 November 2011 22:08
    • ショックを受けた写真は、やはりショックを受けました。
      今の日本があるのは写真の方たちのお陰でしょうね。
      もう二度と戦争は・・・いけません。
    • Hiroe's comment
    • 2 December 2011 14:13
    • pm-3さん

      そうですね。戦争にならないのがベストですよね~。
      日本人の死体が沢山ある光景は、自分が日本人だからなのか、ショックを受けました。
      日本海海戦や太平洋戦争について、日本の教科書で学ぶよりも海外で詳しく学べる事もショックでしたが・・・
    • miriyun's comment
    • 3 December 2011 23:59
    • 一人一人にまだ続く日々があったはずなのに・・・。
      戦争はほんとに悲しいものです。
      ところで東郷平八郎さんの写真をこんなにおおきく見たのははじめてです。渋くてかっこいいです~!
    • Hiroe's comment
    • 5 December 2011 05:34
    • miriyunさん

      こんにちは^^コメントありがとうございます~

      戦争は出来るだけ巻き込まれたくないですよね~。
      一方で日本が敗戦国(=戦勝国の悪)でなかったら、違う教育を受けて別の見方をしていたのかもと思う瞬間があります。
      歳を重ねてからの東郷氏は渋いイケメンですが、若い頃の東郷氏は俳優のような美青年で、こちらもお勧め(笑)
      http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/007/854/08/N000/000/000/123502793158216304920_Togo_in_Europe.jpg

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2012年6月末より東京くらし。
テキサス州オースティンから引っ越してきました。
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